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年相応

   

物事には結論がないことが沢山ある

つまり、正解がない「問い」だ。

この前の新幹線内のトラブルに遭遇した時の対応もその一つであり、視点を変えればどうにでも答えがでる。

答えが無いのだ。

以前も少し取り上げたことがあるが、「年相応」という言葉も難しい。

年相応という言葉が最も使われることで「ファッション」がある。。

こいつは意外と奥が深く、正解がないから苦労する。

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違和感

実はこの前、郵便を出すために信号で立ち止まった時のことである。

ファッション、スタイル、髪型まで共に私の好みの女性が立っていた。

私にとっては理想の女性像だ。

後ろ姿から察すると40代前半だろうか?

大人の女性だ。

ちょっと痩せすぎかな?

もうちょいふっくらしていれば最高だな

と心で思っていた。

何気なく顔をみるとかなりお年を召された方だったので一瞬私はフリーズしてしまったのだ。

あまりじろじろ見る訳にはいかないが、どう見てもおばあさんだった。

そこで違和感を感じてしまったのだ。

恐らく、私の母くらいで70歳後半くらいと思う。

その時はがっかりというか「少し格好が若すぎるよな(笑)」と家内と笑い話で終った。

そして昨日、ちょっとセクシーな女性をみた。

アダルト感満載のセクシー女性だ。

スカートも短い。

遠方で見る限りでは30代後半の大人の女性だ。

すれ違い様にみるとこの方も見るからにかなりの年配の方だったのだ。

明らかに老婆だったと思うが、分らない。

別に若々しい格好は構わないと思うが、そこに「違和感」があると強烈なインパクトがでてくるので私は好きじゃない。

ギャップがキーワード

良い面、悪い面、いろいろあると思うが、ファッションでギャップというものが発生すると良くないと思う。

年を取ってくると「似合っている」とか、「無難だ」とか、そういうものが年相応だと思っている。

若い人が年配の格好をしたり、年配の人がが若い格好をすることに違和感、つまりギャップを感じてしまうのだ。

人の事ばかり言っている、「私は大丈夫か?」

だから最近はそういう視点で私服を買い直している。

もちろん、ファッションリーダーじゃないので、偉そうなことは言えないが、これは客観的なことなので一歩立ち止まって考える時も必要だ。

あまりに年を取っている方が20代くらいの格好をしていると何か人間自体に問題があるの?

と勘ぐってしまう。

同年代くらいのファッションをみて「あれはないやろう」と思う時があれば、もう一度自分を見直してみることをお勧めする。

若く見えても確実に細部に渡って年相応になってきているのだから、見え方も変わってきているはずだ。

白髪はもちろん、薄毛、しわ、シミ、体型、歩き方、全てにおいて老化している。

特に女性は見えない後ろ姿の見え方が大きく変わってくるのだ。

お尻の形だってそうだ。

人のふり見て我が振り治せ?

といったものだろう。

私のNGファッション

では、どういう格好をすれば良いか?になるが、これには「解」がないから難しい。

個人的な意見を言えば、男性なら清潔感を出して色のトーンに気を配れば、ある程度無難なところで落ち着くと思う。

ビジネスは良いが、50代以降の私服のトップスの場合、アニメキャラや文字柄、ビッグプリント系シャツはやめたほうが良い。

ボトムスも同様、色合いは濃いもの、ダメージ系のジーンズはご法度だろう。

男性はポロシャツにチノパン、ジーンズなんかが最も無難と思う。

女性の50代以降はどんなにスタイルが良くても体型を強調したり、露出系ファッションはやめるべきだと思う

「年相応」という格好が今の時代はわからないが、大方女性のスカート丈は年齢を表現できる唯一のバロメーターだ。

ここだけ注意すれば良いと思う。

ジーンズもやはり濃い系を履いていれば無難にこなせる。

女性の場合、足を露出することは年齢を象徴してしまうので、年齢に応じて微調整が必要だろう。

私の場合はそういう気遣いがある方の知的センスをみてしまうため、なぜか年相応の格好をしている人にとても魅力を感じてしまう。

特に同年代の方は人間の深みというものを感じてしまうのだ。

その逆にどんなに美しい人でも、そこがズレると魅力を感じないどころか、不思議ちゃんカテゴリにいれてしまい、ただの人になる。

そう外野だ。

難しい問題だが、ギャップが激しい方は何となく痛々しく感じてしまうのも事実だ。

つまり、身体だけ歳を取り、心が止まっているということだ。

年相応?

簡単なようで今の時代は難しいが、ゆっくり周囲を見渡せば次第に理解してくると思う

では、また。

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