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大名武久のおもしろメンタルフィットネスブログ

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2018年猿田彦神社 初庚申祭

   

私は気持ちの持ちようで人生というものが大きく変わっていくと信じている。

7年前、人から聞いて半信半疑で参った神社がここまで人生を変えてくれるとは思わなかった。

神様が居るか?

罰が当たるかもしれないが、そんなのはどうでも良いと思っている。

要は「存在を感じるか?否か」と言う気持ちが重要であり、それ以外は自分を信じて進んでいくことでどうにでもなるものだ。

そして今日はその2018年初庚申の日!で年に1度猿田彦神社に猿の神様が戻ってくるという日だ。

毎度のように私は先生に会いに午前3:00起きで猿田彦神社へ行くのだが、今年はいつもと違う。

そう、曜日を考えると日曜日になっている。

幸か不幸か?分からないが、いつもの平日に比べると早起き組みが多い可能性も考えられる。

そこでいつもより45分早い午前2:15に起きることにした。

早すぎれば待てば良いだけだ。

これも試練のオプションに過ぎない。

結局、いろいろしているうちに現地到着が3:00になってしまった。

若干、不安だったが、やはり、境内には既に100人くらい居ただろうか?

確かにいつもと違って、人の入りが早い。

私は何とかベスポジをキープし、社務所の前の列に並ぶことができた。

いつもは3時半についても100人くらいなので、いつもの時間だったら、既に境内から溢れていた?かもしれない。

そして、ここで約2時間半を社務所が開くまで立って待つことになる。

この試練が後から身になるのが猿田彦神社の初庚申だ。

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残念なこと

約7年、つまり8回目を迎える今日なのだが、休日の庚申祭だからだろうか?いつもと違って残念なことがあった。

これは私だけかもしれないが、同じ大人として、本当に残念だった。

それは到着して、10分も経たなかったくらいだろう。

何やら、女性と男性が口論している。

しかも、女性は大声を張り上げ、何やら男に食い掛っていたのだ。

内容を聞くと、どうも男性が並ぶ順番をごまかしたのか?ズルをしたのか?

その類のことである。

あまりにもエキサイトしていたので、見るに見かねて近くのスキンヘッドのおっちゃんが、怒鳴り上げて仲裁に入った。

その時、一瞬だけ辺りに緊張が走ったのだ。

「(怒)順番が大きく変わるのならまだしも、2,3人狂ったくらいでそげん喧嘩せんでよかろうが!」と言った感じで2人を怒鳴り上げて注意していた。

歳は60歳~70歳程度で意外と年配の人だっただろうか?

しかし、一歩間違えば取っ組み合いの喧嘩にも発展しかねない。

大丈夫だろうか?

ところが面白いことに、そのおっちゃんは身長も高く、スキンヘッドということだけで結構な威圧感があったため、2人は何もなく大人しくなった(笑)

私は暗くて良く見えなかったが、見た感じは2,3人若い衆を引き連れているどこかの組長のような感じだったのかもしれない。

恐らく、そんな風貌だったのでそれ以上に発展はしなかったのだろう。

しかし、問題はこれが神前での出来事なのか?

ということだ。

そのおっちゃんが言うように順番とか、そんなこと大したことではない。

そういう口論をこの場所ですることだろうか?と言うことを言いたい。

もっと、大きな気持ちで参拝して欲しいものだ。

第一、彼らもそういう(神様の前で口論)ことを考えないのだろうか?

そこが同じ人間として不思議に思う。

考えてみれば、私は8回目の今日までいろいろな人を見てきた。

とにかく、目立つのは順番をごまかす人達だ。

これには本当に残念に思うが、そんな小さなことを気にしてはいけないということもある。

結局、そういう人達は自分に跳ね返ってしまうことがこの猿田彦神社の庚申祭にあたることも事実だ。

全ては気持ちの祭りであり、この祭りは猿のお面を買う?と言うことがメインではない。

どういう志しを持ってこの庚申祭に臨むか?

この一言に尽きる。

写真をご覧いただけると分かるように「立って動かずにその場で2時間近く待っている」ことが解ると思う。

体験したことがある人はこれがかなりきついことが解るだろう。

これが何を意味するか?

簡単に言えば、自分の試練と思うか?否か?・・・そんな類のものだ。

これがどういう方向に動くか?

これが初庚申のポイントになる。

さらに最悪のことがあった。

今日は堂々と群衆の中で地べたに座ったり、椅子を持ってきて座って待っている人が数名居た。

去年までは私のゾーンにそんな人は居なかった。

「座って待つ?」

長時間なので、誰しも考えることだろう。

この安易過ぎる考え方に喝!だ。

最近ではアウトドアグッズの椅子も簡単に手に入るから、座れば良いと思うかもしれないが、周囲からすれば非常に迷惑ではないだろうか?

細かくは言わないが、皆が立っている場所、しかも、かなり密集している場所で座って待つということがどういうことか?

良い例で言えば、満員電車で地べたに座っている若者だ。

法律で禁じられていることではないが、誰が見ても良い気分にはならないだろう。

これを大人がやっているから私は残念に思う。

足が悪い?から?

かもしれない。

そういう年配者も居るだろう。

だったら、そういう場所(端)に陣取れば良いと思うし、そういう人でも立って待っている。

その安易な考え方がどう跳ね返ってくるか?

そう、単純に猿のお面を買えば良いだけではなく、ここに深い意味があり、その振る舞いが1年の方向付けをしてくれる。

それが初庚申の本来の意味なのだ。

こういう考え方をすれば、自然と生きる方向が「益」のある方向へと導いてくれる。。というものである

ちょっと残念な2018年の庚申祭だったみたいだ

2018年の風景

そういう訳で今回はその風景を一部お見せする。

朝の5:00でこの賑わいだが、皆疲れ果てて、境内は無言の群衆だ。

待ち続ける?。。。これが初庚申!の限られた人だ。

歩道には恐らく1Km?くらいの行列はできているだろう。

このあたりで参拝に辿り着くまでは2時間くらいかな?

どれくらいだろうか?

とても計算できない。

まあ~ディズニーの待ち行列を体験している人なら、まだまだ耐えられるだろう。

しかし、この「待つ」という行為と、その気持ちということが重要であり、先頭集団で待つ必要はなく、庚申祭というものを気持ちで味わうことが重要だ。

その志しをどこに向けるか?

これで猿田彦先生が支援してくれるか?否か?が決まる。

とてもじゃないが、これだけの人数に「益」をもたらすか?

それは神様でも無理だろう(笑)

だからこそ、方向付けしてくれるだけであり、後は自分で解決していくというのがこの神様の手法だ。

私はこのブログに書いた方向であり、まっすぐではないが、曲がってもない。

後は自分の考え通りに進めば、益が得られていく。。という不思議な神様なのがこの猿田彦神社だ。

今回も達成感!爽快感!

無事に帰宅できて、本当にうれしかった。

この日のために風邪に細心の注意を払い、気分良く参れたことに感謝したい!

猿田彦先生!ありがとう!

そして、1年後の今日、また会いましょう!

では、また!

 - 独り言