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因果一如とは?原因と結果は一緒だな

      2017/02/22

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「因果一如」(いんがいちにょ)

私の頭にずっと残っている言葉の1つだ。

原因と結果は常に一緒になっているという考え方で起業家たちも良く使う言葉の一つである。

単純に言葉の意味を言えば簡単かもしれないが、それは結構奥深いものがある。

例えば、人を恨んだり、憎んだりした時点で既に自分が「恨まれている、憎まれている」という結果が生まれていることになる

それは当たっている。

結果と言うものは原因があって発生するものであるから、今の自分がどういう結果になっているか?

を考えれば自ずとその原因が分かってくる。

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原因と結果は一緒

簡単に話すとドアに手をぶつけると痛いと感じる

これも因果一如の考え方と同じだ。

これは原因がドアに手をぶつけることに対して結果の痛いということがすぐに出ているという例であり、全てそうなっていない。

原因に対して、結果は対になっているものの、直ぐには分からないものだ。

昔、仕事で悩んでた時期があり、一回り年上の先輩から、笑われたことがある。

今、思えば確かに小さなことで悩んでいた。

その悩みが結果だとしたら、自分でその原因を作っていたのである。

これは先程の人を恨めば、人から恨まれることと同じことだ。

一回りも人生先を行くと、その悩みの原因とやらが解るのであろう(笑)

では、今そういうことが自分に分かるか?

それが何となく分かる。

独立してからというもの、サラリーマン時代とは全く違った人と出会うシーンが多い。

もちろん、成功者、失敗者、人生の敗北者いろいろな人が存在している。

そういう人を見ているとその根本にあるのがやはり「利他」と言う考え方をどう持つか?だと思う。

数々の人と出会い、ずっとそれを見てきた結果から言えば、「利己」の人は自ら悪い結果を生み出しているような気がする。

こういう考え方は基本から言えば当たり前のことだ。

営業成績が悪い社員、軌道に乗れない起業家、いつもトラブルを起こす人などなど。。

これを考えると意外と面白い。

良く気が付く人は常に「利他」の心をもっている。

その反対の気が付かない人、自分が人からどう思われているか?全く考えない人は常に「利己」になってしまい、どうしても自分中心に物事を考えがちだ。

自分にどれだけのメリットがあるか?ないか?

これはあまりよろしくない。

相手をどう気遣うことができるか?

ここに良い原因を創り出す根本があることは間違いない。

昔、ドラマで「倍返しや!」というセリフがあったが、そんなもの全くの論外であり、そんな人間からは何も生まれてこないことは明確に言える。

人と人とは貸し借りの関係ではなく、自らが相手に対してどういう存在になるか?が重要になってくる。

結局、「倍返しや!」なんかの考え方で生きていくと、それは自分に災難が降りかかってくるだけで無駄な労力を使っているだけになってしまう。

それが最近良く分かってきた。

悟りの境地ではないが、まずは人の為に自分が何ができるか?

そこを真剣に考えれば、必ず結果は付いてくるものであり、それが結果を作り出しているということになる。

良い結果とは?

頑張ったら必ず良い結果が生まれてくるか?

そういう訳には行かないのが人生である。

結果を出そう!と原因を創り出すのも良いが、それは全て自分の為か?人の為か?

によって全然変わってくる。

難しいが、これは考え方だ。

考え方を変えるだけで結果というものはどんなにでも変えられるということになるからだ。

良い結果をだそうと思うのであれば、どういう考え方で原因を創り出すか?が重要であり、そこに利己という考え方が無いか?

と自分に問いただしてみると良い。

利他」を考えれば、必ず良い結果が付いてくる言うものだ。

若干48歳にして何やら悟ったことを言っているように聞こえるかもしれないが、こういうことを考えると意外と何かが見えてくるものである。

考え過ぎも行けないが、全く考えないということも良くない。

人間社会に暮らしている以上、周囲に気を配るということはむしろ個々の人間の役割でもあり、責任でもあるのだろう。

「因果一如」(いんがいちにょ)

やはり奥深い言葉だ。

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