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時代に合った考え方?これが難しい。年賀状はどうなのだろうか?

      2016/11/27

nenga

昨日は最悪だ。

北九州へ行く途中の中華飯店でチャーハンを頼んだら味付けをされていなかった。

そんなことってあるの?

と思うが、実際にあった。

味がしないチャーハン

決して私の味覚に問題がある訳ではない。

チャーハンは大好物だ。

こら~「味付けしてねーじゃないか!

なんてスタッフに言おうもんなら、無銭飲食常習犯だ。

ブタ箱行きだな。

とりあえず、スタッフのおばちゃんに「」をもらってかけて食べた。

まあ~ついていない日もある。

作っているのが人間だから、忘れるというのもあるが、そんな時の対応に困る。

実際、私が周囲の客なら、そんなこというビジネスマンがもし居たらクレーマーに思う。

味付けしてない?

とても信じることはできないだろう。

ラーメン屋でネギ入れ忘れた!というものではないからだ。

他の人ならどういう対応を取るだろうか?

以前、チャンポン屋で隣に座っていたビジネスマンが一口食べてすぐさま帰ったのをみた。

その時は嫌いなものでも入っていたか?まずかったか?だが、味に関して私はそう思わなかった。

当然、変わった奴としか思わなかった。

店員も不思議そうが顔をしていた。

今考えれば、彼も同じ立場だったのかもしれない。

だったら、今回も一口食べてそのまま黙って金払って帰れば良かったのかもしれない。

しかし、お腹の虫たちは許してくれなかった。

既に暴れまくっていたからだ。それを鎮める為に、とりあえずまずいチャーハンを完食した。

もちろん、満腹感は無い。

どちらかというと気持ち悪い

脂っぽい白ご飯に塩をかけて食べたのと同じだからだ。

だから、お金を払う時におばちゃんに「美味しかった」と笑って言ってその店を去った。

」もらって食ってた奴が「美味しかった」は無いだろう。

これが私のできる唯一の抵抗だった(笑)

この気持ちを解ってもらいたい。

車の中で「薄味が健康に良い!」と自分に言い聞かせたのは辛かった。

全くついていない日だった。

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年賀状の考え方

さて、最近、客先で話題になるのが「年賀状」だ。

近頃、年賀状を出さないという個人・企業が増えている。

確かに両面印刷されたDMのような年賀状は印象薄く、重みは無い。

昔は実筆で書いて気持ちが伝わったものだ。これは皆そう言う。

でも、送らないようにすると言ってもタイミングが難しい。

今までの風習をドライに無くせるか?

難しいだろう。

時代の流れと言うのがあるが、根本は人間の考え方が変わってきたということになる。

年末の年賀状作成を楽しみにしている人がどれくらいいるだろうか?

楽しみであれば、これは素晴らしいことだ。

だから、相手に気持ちが伝わる。

しかし、大半の人が「時間が無い」「憂鬱」など、年末行事としか考えていないというのが本音だろう

これで気持ちが伝わるか?

無理だな。

だから、DMのようにしか感じ無いというのもある。

だったら、年末年始の忙しい時ではなく、もっと違った挨拶でも良いのではないか?

これが時代の考え方だ。

メール、ライン・・こんなのでも良いと思う。

要は気持ちだ。

時代は刻々と進化しているにも関わらず、年賀状作成と言う一つの行事は全く変わっていない。

変わったとしても手書きがプリンターに変わったとか、新しいソフトができたとか?

本当の意味での「新年の挨拶」ということが変わっていない。

もうすぐ会社設立10周年になる。

それを節目にこの年賀状という問題を真剣に考えてみよう!

やはり、時代と共に人間の価値観も進化しているはずだ。

しきたりと言う意味であれば、何となく後ろめたい気もするが、そこは変えるべきで時代になっているのは明らかだ。

止めるは悪!と言うのではく、「気持ち」という意味で考えれば、決断は必要なのかもしれない。

では、また!

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